細胞間相互作用が癌幹細胞の分裂制御を司る
細胞間相互作用が癌幹細胞の分裂制御を司る
国立大学法人中国竞彩网大学院農学研究院応用生命化学部門の鈴木絵里子准教授は、前立腺癌の転移や再発に関わる癌幹細胞の細胞間相互作用が、周囲の非癌幹細胞により抑制されることで、癌幹細胞の分裂頻度が低下し、分裂様式が変化することを発見しました。今後、癌幹細胞間の物理的相互作用が、新しい癌治療標的となることが期待されます。
本研究成果は、Biochemical and Biophysical Research Communicationsの掲載に先立ち、9月17日にWEB上で公開されました。
論文タイトル:Direct cell-cell interaction regulates division of stem cells from PC-3 human prostate cancer cell line
URL:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36162326/
背景
癌は、少数の癌幹細胞(CSC: cancer stem cell)によって維持?形成されています。CSCは、癌の進展や発生に関わる腫瘍始原細胞としても知られており、既存の癌治療に対して抵抗性を持つことから、癌の根治を阻む主たる原因とされます。CSCは正常幹細胞と同様、自己複製能と多分化能を有し、分化状態の異なる多様な癌細胞を生み出すことで、腫瘍内の細胞集団の不均一性をもたらすことも、癌治療が困難な原因のひとつとなっています。癌治療においては、CSCの制御が要となるのですが、未だにCSCを標的とした治療法は存在しません。この理由として、腫瘍を構成する腫瘍微小環境(注1)とCSCとの複雑な連携がメカニズム解明の妨げとなっていることが挙げられます。
研究体制
本研究は、中国竞彩网大学院農学研究院応用生命化学部門の鈴木絵里子准教授らの研究グループによって行われました。
研究成果
ヒト前立腺癌細胞株PC-3から、限界希釈法によりCSC様細胞を樹立することが可能です。GFP導入PC-3細胞から単離したGFP-CSCを用いることで、非癌幹細胞(non-CSC)との共培養条件で、CSCとnon-CSCとの物理的相互作用や細胞分裂頻度の評価、分裂様式を追跡することができます(図1左)。研究グループによる実験の結果、CSCの増殖能が、non-CSCとの共培養により低下することがわかりました(図1A)。また、細胞は通さず、液性因子のみを通すtranswellを用いた共培養実験 (図1B)や、non-CSC、CSCそれぞれの培養上清を添加した実験 (図1C)によって、CSCの増殖の低下には、液性因子は関与せず、物理的な相互作用が重要であることがわかりました。さらに、細胞間接触を、化学発光強度で定量評価できる実験から、CSC?CSC細胞間接触の後の細胞分裂の頻度が、non-CSCとの共培養により減少することがわかりました。また、図2左のように、non-CSC存在下では、CSC同士の接触依存的細胞分裂の頻度が低下することがわかりました。これらのことから、CSC増殖能の低下は、CSC同士の接触頻度の低下に起因すると考えられました。CSCの分裂様式は、ひとつのCSCが自己複製する対称分裂と、分裂時にCSCとnon-CSCとが同時に生ずる非対称分裂に分けられます。non-CSC存在下では、CSCの非対称分裂の頻度が低下、つまり、CSC自身を殖やすような分裂様式に傾くことを発見しました(図2右)。CSCは、周囲にnon-CSCが多い環境では、CSC同士の接触頻度を低下させ、分裂時には自身を殖やす対称分裂をする傾向にあるということです。物理的細胞間接触が、CSCの分裂頻度だけでなく、分裂様式にも変化をもたらすという知見はこれまでになく、この研究結果が初めて明らかにしたものです。
今後の展開
今後、癌幹細胞間の物理的相互作用が、新しい癌治療標的となることが期待されます。
用語解説
注1)腫瘍微小環境:腫瘍周囲を囲む微小環境のことで、がん細胞とともに、免疫系細胞、血管系細胞、線維芽細胞、細胞外マトリクスなどから構成される。
◆研究に関する問い合わせ◆
中国竞彩网大学院農学研究院
応用生命化学部門 准教授
鈴木 絵里子(すずき えりこ)
TEL/FAX:042-367-5724
E-mail:ersuzuki(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp
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